第658回 日本と神道について 日本の文化的宗教 [授業・雑記]
さて昨日ほぼネタ晴らしした日本の日常宗教文化についてのお話です。答えはタイトルでも載せている通り神道です。とは言え、日本人であっても神道という言葉を知っている人や熱烈な信者はそう多くいないでしょう。別に言葉を知ったり信者になる必要性は特に無く、日本人が日本人としての最低限の心構えを有しているのなら誰でも既にその心構えは有していると言って良いものですからね。まあ神道において代表的な指標の1つは八百万の神辺りでしょうか? まあ超多神教宗教とも言えますね。(笑) 多分この宗教が世界で1番多数の神様が存在している宗教ではないでしょうか? ギリシャを超絶的に超える数でありますし。しかも言葉では八百万(やおよろず)ですが、現在の状況では軽く超えるでしょう。何せ全ての物や全ての物事等に神が宿るという教えであり、人すらも神に等しくなれるという他とは全く違う宗教観ですからね。 今回はこの神道に関してより深く語っていきます。
さて時事の方では、北朝鮮が中国に泣きついたという報道がされていますね。どうも冗談をアメリカに本気にされて、これ好機と戦争態勢万全で話し合いをしようとしている様を見せつけられて、さすがにこのままいけば攻め滅ぼされるだろうと思ったから泣きついたという状況でしょうね。つまりこの時点から見ても、北朝鮮の本意は核戦力を本気で完全に消し去る気はなく、いつでも復活や隠し持ったままでアメリカを撤退させて韓国も支配して経済支援も勝ち取って、世界に対してアメリカに完全勝利したいという意思の表れでしょうね。そして日本の専門家も今頃になって、私が昔指摘した点を言い始めて、考え方が非常に遅いという所ですね。その指摘点は、これで北朝鮮が核の完全無力化を果たす前に全部受け取れた場合、第2第3の北朝鮮がアメリカに対して核の挑発で北朝鮮と同じように行動し始めてアメリカの緊張状態と危機が今よりも数倍増す結果に繋がるという事ですね。そしてその危機はアメリカの同盟国にも広がっていくので、このまま北朝鮮が万々歳となれば、世界に核拡大の危機が非常に広がっていく状況となり、世界の核戦力の全面放棄&不使用が永遠に成されない状態になるでしょう。 ちなみに今回の泣きつきで、日本はますます何もする事が出来ずに見守る事しかできず、そちらの問題に遁走する事が難しくなるでしょうね。まあ逃げた上で何も得られなければ、逃げ場所を失う結果に繋がるでしょうけど。 それともバカヒヨコはまたバカヒヨコで居るのでしょうかね? 今もなお国民に対して大罪を犯し続けている政権だというのに、それすらも忘れて苦しめ続けられるのが良いという馬鹿共でしょうかね? 政権変えねば多分またやらかしますよ? 公文書改ざんやら税金や国民の財産の不正使用を。
さてそれでは本題の日本の日常宗教神道の話に移ります。前説の方でも少し語りましたが、神道と言えば八百万の神や万物全てに神が宿るなんて言葉が比較的有名ですけど、全ての神を一様に崇めたり称えたりしているわけではなく、その人が信じる神を好きなように選んで信じたりするという超自由な宗教観です。そんなわけで、日毎に信じる神様変えたり、場合や状況によって信じる神様変えたりともう超自由状況で、神様への超グローバル状況とも言えますね。(笑) まあこれを他の神様が存在する宗教が見れば、緩いと言ったり意味不明という言葉辺りが妥当でしょうけども、それが日本の日常宗教神道の扱いです。だからこそ、その神道を容認して認めてくれる仏教もまた日本の文化的宗教の位置付けに入れたという事でしょう。(あっちも神様じゃないけど、そういう祭る対象の数が非常に多いからね。仏様 ただし、今では一部神様も入る。)そういう意味も含めて、その他世界で一般的とされるキリストやイスラムやユダヤ教は、唯一神や絶対神という神様1人だけという宗教観なので、日本人との相性が悪いという事なのでしょう。というか日本人が成る場合、日常宗教神道残したまま他の宗教に入るという行動が普通に行なわれてそうで、そういう意味も込めて日常に溶け込んだ宗教観の力は強いものを感じるところですね。 だからこその日本人という民族で、日常に神道が溶け込んでいるから、多神教においての考え方で、他も認めやすいという事に繋がり、日本の各地においていろんな宗教が普通に点在するという状況になっているのでしょう。昔は騒動が多かったですが、今では神社も寺も教会も普通に存在していますからね。(笑)
さてこの神道という八百万の神についてもう少し簡単な言葉で表していくと、部屋や周りの物全てに神様が存在していて、それを認識して敬うのも雑に扱うのも超自由であり、100や1000ぐらい認識しても自由という状況は、非常におおらかな宗教観です。これこそが宗教観において世界の人を平和に繋げて行ける宗教にも思えてこないでしょうか?他の宗教観を一切排する事が無い宗教観ですからね。というか、八百万やもう1億を軽く超えそうな神様が存在する宗教だから、唯一神や絶対神と言い張る神が存在しても何ら不思議ではないという状況で、世界の宗教を繋げる意味合いを持つ宗教としては最も適しているのではないでしょうか?(まああの代表的な神様宗教の対象は同じで、教えが違うという事のようですけど。) そして日本においては日常に溶け込んでいる宗教だからこそ、日本に住むにおいてはこの宗教を嫌でも認めなければ、日本人との交流で差異や違いが生じてくる事になる。
さてドラマにもなったぐらい代表的なのはトイレの神様で、商売繁盛や子宝祈願に交通安全の神様なども普通に存在しているわけ(宝くじで七福神とか普通に居ますね?)ですが、日本が主に出すゲームにおいてもゲーム内で普通に神が存在していたり認識されている事に気付いている人は多いでしょうか? ポピュラーなのは火や水や風に大地といった自然にまつわる神で、良く登場されていますね。
その他日本の伝統的文化の言葉として「もったいない」という言葉にも、神道の影響は強く反映されているでしょう。大事にするという意味が強い言葉ですが、その大事にするにはその物などには神が宿っているという事やそれらに代表される神様に失礼であるなどの言葉が日常的に溶け込んでいるから出てくる言葉なのだと思います。昔から日本では、長く使った物などには神が宿ると言った言い伝えなどが存在していますから、それも込めてもったいないなどの言葉が強く反映されたり物を大事にするという文化が根強いのでしょう。そして様々な物に神が宿るからこそ、ちゃんとした供養などや祭りが行われる事が多い。日本の祭りには神を楽しませる事や怒りなどを鎮める意味合いがもたらされている事が多いですからね。
それでここから少々移民の話との結合部分に参りますが、私は独民において移民や難民を大歓迎する事は既に表明していますが、受け入れる事と日本において正式に認める事は違います。何がどう違うのかは、その時の回を見てください。(次回以降) そして正式に認める事に際して必要な事は、日本の文化や宗教観を知り、それらを容認して受け入れること。そして日本人と日本語で会話できるかどうかです。それがどこまで出来るかによって対応が変わってくるというのが私の受け入れ態勢です。まあもちろん移民や難民としてきて住むだけであれば、別に何も無くても日本を好きでなくても安心安全に暮らす事だけは可能であり、日本人に嫌な顔をされたり差別される事がほぼ無い条件で可能です。なぜここまでの事が言えるのかについては、その大々的回を見てもらう事ですが、もうだいぶん昔に一部その内容は話したことがあるので、分かっている方は知っているでしょうね。この階級体制による日本であって日本ではない場所に住んでもらう方法を。だからこそ何千万という人数でも受け入れ態勢を可能に出来ると表明できるのです。 私は受け入れには非常に寛容だが、日本の事に詳しく日本人と仲良くしようともしない移民等に日本人と共に生活できる場を与えるつもりはありません。これが寛容だけども非常に厳しい私の移民観です。 ああ、ちなみにその際は、今馴染んでいる移民等に近い人達はトランプ氏の不法移民対策並みに恐怖する事になるでしょうけど。(まあ、日本人よりも日本人らしい状態であれば、何にも憶することは無い状況ですけど。むしろ喜ばしくもなるかな?)
それではここまで見て頂きまして誠にありがとうございます。
日常的宗教神道~終了~八百万の神
さてそろそろ独民の移民難民に関する壮大な話に移行していきますか。これによって今後どこで戦争紛争が発生して大量の移民や難民が発生しても、その全てを一様に受け入れる事が可能になる最強の人助けにも出来るその仕組みを。まあ安心安全と衣食住最低保証は付く環境ですから、非常に好待遇である事は確かでしょうね。それ以外は絶望的ですけど。(笑) まあここら辺であまり多くは言わないでおきましょうかね。 思いは半々様々出てくる問題に近い私の考え方ですから。
END
さて時事の方では、北朝鮮が中国に泣きついたという報道がされていますね。どうも冗談をアメリカに本気にされて、これ好機と戦争態勢万全で話し合いをしようとしている様を見せつけられて、さすがにこのままいけば攻め滅ぼされるだろうと思ったから泣きついたという状況でしょうね。つまりこの時点から見ても、北朝鮮の本意は核戦力を本気で完全に消し去る気はなく、いつでも復活や隠し持ったままでアメリカを撤退させて韓国も支配して経済支援も勝ち取って、世界に対してアメリカに完全勝利したいという意思の表れでしょうね。そして日本の専門家も今頃になって、私が昔指摘した点を言い始めて、考え方が非常に遅いという所ですね。その指摘点は、これで北朝鮮が核の完全無力化を果たす前に全部受け取れた場合、第2第3の北朝鮮がアメリカに対して核の挑発で北朝鮮と同じように行動し始めてアメリカの緊張状態と危機が今よりも数倍増す結果に繋がるという事ですね。そしてその危機はアメリカの同盟国にも広がっていくので、このまま北朝鮮が万々歳となれば、世界に核拡大の危機が非常に広がっていく状況となり、世界の核戦力の全面放棄&不使用が永遠に成されない状態になるでしょう。 ちなみに今回の泣きつきで、日本はますます何もする事が出来ずに見守る事しかできず、そちらの問題に遁走する事が難しくなるでしょうね。まあ逃げた上で何も得られなければ、逃げ場所を失う結果に繋がるでしょうけど。 それともバカヒヨコはまたバカヒヨコで居るのでしょうかね? 今もなお国民に対して大罪を犯し続けている政権だというのに、それすらも忘れて苦しめ続けられるのが良いという馬鹿共でしょうかね? 政権変えねば多分またやらかしますよ? 公文書改ざんやら税金や国民の財産の不正使用を。
さてそれでは本題の日本の日常宗教神道の話に移ります。前説の方でも少し語りましたが、神道と言えば八百万の神や万物全てに神が宿るなんて言葉が比較的有名ですけど、全ての神を一様に崇めたり称えたりしているわけではなく、その人が信じる神を好きなように選んで信じたりするという超自由な宗教観です。そんなわけで、日毎に信じる神様変えたり、場合や状況によって信じる神様変えたりともう超自由状況で、神様への超グローバル状況とも言えますね。(笑) まあこれを他の神様が存在する宗教が見れば、緩いと言ったり意味不明という言葉辺りが妥当でしょうけども、それが日本の日常宗教神道の扱いです。だからこそ、その神道を容認して認めてくれる仏教もまた日本の文化的宗教の位置付けに入れたという事でしょう。(あっちも神様じゃないけど、そういう祭る対象の数が非常に多いからね。仏様 ただし、今では一部神様も入る。)そういう意味も含めて、その他世界で一般的とされるキリストやイスラムやユダヤ教は、唯一神や絶対神という神様1人だけという宗教観なので、日本人との相性が悪いという事なのでしょう。というか日本人が成る場合、日常宗教神道残したまま他の宗教に入るという行動が普通に行なわれてそうで、そういう意味も込めて日常に溶け込んだ宗教観の力は強いものを感じるところですね。 だからこその日本人という民族で、日常に神道が溶け込んでいるから、多神教においての考え方で、他も認めやすいという事に繋がり、日本の各地においていろんな宗教が普通に点在するという状況になっているのでしょう。昔は騒動が多かったですが、今では神社も寺も教会も普通に存在していますからね。(笑)
さてこの神道という八百万の神についてもう少し簡単な言葉で表していくと、部屋や周りの物全てに神様が存在していて、それを認識して敬うのも雑に扱うのも超自由であり、100や1000ぐらい認識しても自由という状況は、非常におおらかな宗教観です。これこそが宗教観において世界の人を平和に繋げて行ける宗教にも思えてこないでしょうか?他の宗教観を一切排する事が無い宗教観ですからね。というか、八百万やもう1億を軽く超えそうな神様が存在する宗教だから、唯一神や絶対神と言い張る神が存在しても何ら不思議ではないという状況で、世界の宗教を繋げる意味合いを持つ宗教としては最も適しているのではないでしょうか?(まああの代表的な神様宗教の対象は同じで、教えが違うという事のようですけど。) そして日本においては日常に溶け込んでいる宗教だからこそ、日本に住むにおいてはこの宗教を嫌でも認めなければ、日本人との交流で差異や違いが生じてくる事になる。
さてドラマにもなったぐらい代表的なのはトイレの神様で、商売繁盛や子宝祈願に交通安全の神様なども普通に存在しているわけ(宝くじで七福神とか普通に居ますね?)ですが、日本が主に出すゲームにおいてもゲーム内で普通に神が存在していたり認識されている事に気付いている人は多いでしょうか? ポピュラーなのは火や水や風に大地といった自然にまつわる神で、良く登場されていますね。
その他日本の伝統的文化の言葉として「もったいない」という言葉にも、神道の影響は強く反映されているでしょう。大事にするという意味が強い言葉ですが、その大事にするにはその物などには神が宿っているという事やそれらに代表される神様に失礼であるなどの言葉が日常的に溶け込んでいるから出てくる言葉なのだと思います。昔から日本では、長く使った物などには神が宿ると言った言い伝えなどが存在していますから、それも込めてもったいないなどの言葉が強く反映されたり物を大事にするという文化が根強いのでしょう。そして様々な物に神が宿るからこそ、ちゃんとした供養などや祭りが行われる事が多い。日本の祭りには神を楽しませる事や怒りなどを鎮める意味合いがもたらされている事が多いですからね。
それでここから少々移民の話との結合部分に参りますが、私は独民において移民や難民を大歓迎する事は既に表明していますが、受け入れる事と日本において正式に認める事は違います。何がどう違うのかは、その時の回を見てください。(次回以降) そして正式に認める事に際して必要な事は、日本の文化や宗教観を知り、それらを容認して受け入れること。そして日本人と日本語で会話できるかどうかです。それがどこまで出来るかによって対応が変わってくるというのが私の受け入れ態勢です。まあもちろん移民や難民としてきて住むだけであれば、別に何も無くても日本を好きでなくても安心安全に暮らす事だけは可能であり、日本人に嫌な顔をされたり差別される事がほぼ無い条件で可能です。なぜここまでの事が言えるのかについては、その大々的回を見てもらう事ですが、もうだいぶん昔に一部その内容は話したことがあるので、分かっている方は知っているでしょうね。この階級体制による日本であって日本ではない場所に住んでもらう方法を。だからこそ何千万という人数でも受け入れ態勢を可能に出来ると表明できるのです。 私は受け入れには非常に寛容だが、日本の事に詳しく日本人と仲良くしようともしない移民等に日本人と共に生活できる場を与えるつもりはありません。これが寛容だけども非常に厳しい私の移民観です。 ああ、ちなみにその際は、今馴染んでいる移民等に近い人達はトランプ氏の不法移民対策並みに恐怖する事になるでしょうけど。(まあ、日本人よりも日本人らしい状態であれば、何にも憶することは無い状況ですけど。むしろ喜ばしくもなるかな?)
それではここまで見て頂きまして誠にありがとうございます。
日常的宗教神道~終了~八百万の神
さてそろそろ独民の移民難民に関する壮大な話に移行していきますか。これによって今後どこで戦争紛争が発生して大量の移民や難民が発生しても、その全てを一様に受け入れる事が可能になる最強の人助けにも出来るその仕組みを。まあ安心安全と衣食住最低保証は付く環境ですから、非常に好待遇である事は確かでしょうね。それ以外は絶望的ですけど。(笑) まあここら辺であまり多くは言わないでおきましょうかね。 思いは半々様々出てくる問題に近い私の考え方ですから。
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