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第2645回 京アニ放火大量殺人事件 裁判始まる 攻撃型心身耗弱は被害者無視の考え [犯罪対策]

 さて今回からは少しの間犯罪対策方面の話多めで参ります。 それで時事としての関西では印象深い大量殺戮事件となった京アニ放火殺人事件での犯人も無事?回復して法廷に出られるようになって、裁判が始まったようですが、弁護側は心身耗弱や喪失を理由に無罪や減刑の構えでいるようですが、明らかまでに計画して犯行して勝手な逆恨みでやった犯罪に対してまでそれが適用できるような法律こそ無法治国家にふさわしい状況でしかないですよね?
 明らかに犯罪起こすべくしてやった加害者側に対して使われる物じゃなく、本来の使い道としては正当防衛に近い内容で、相手から攻撃などを受けている状態でそれの防衛としてやった事で、攻撃が行き過ぎて殺したなどの場合に心身衰弱などは適用しても良いだろうけど、犯行前に計画して誰かを意図的に殺すような人に相応しくない状況でしかないと思いますね。
 この辺が今の日本の無法治で被害者をさらに攻撃する法定制度になっているような気もします。

 法廷内では建物自体にも不備があったからとか言うのは不審火や事故で火災などが起きた時に争点となる問題で、明らかなまでにガソリン撒いて火を付けた状態で建物の不備も何もないと思いますけどね?
 そんな事を言うのは火を付けられる事を予め想定して建物を作るべきと言っているような物であり、そこは紛争真っただ中で作られた建物ですか?という話にもなってくる。
 そして犯人はやった事は認めており、やりすぎたとも言っている状態から罪の認識はその時点でもできているし、犯行行なう前から計画的に動いている時点でこれから何をするかを理解して殺すつもりで行っている時点で、心身衰弱とは無縁の状況だとしか思えませんけどね?
 これが無計画でいきなり殴りかかったりしてやったとかであれば、精神的な問題は多少憂慮されるかもしれませんが、それでも暴行罪はそのままでしょうね。精神を誰かに支配されている状況でもなく、誰かに指示されてやった犯行でもなく、罪を認識してもなお反省の言葉を口にすることなく弁護士側の無罪の可能性に賭ける姿勢は、立派な殺人鬼と同じですね。
 これが本気で心身衰弱であるならば、罪を認識した時点で反省の言葉なりを弁護士側から言えと言われてそのまま言うなりはできたはずですし、衰弱などであるならば罪は未だに認識できていないとか言い張る方向にするべきですからね。やっている事が中途半端で、どうにかして罪を逃れようとする心からやっているようにしか見えませんね。
 お芝居するならもう少しまともな演技をするべきですよ。弁護士側はその辺諦めているのかやる気無いのかは知りませんが。

 それにしても裁判というのは非常に長い物ですねえ。(ここから裁判系の話)準備とかに時間掛かるからというのもあるのでしょうけど、起こされる裁判数に対して裁判所の数が足りているのか?という所と裁判官たちがいるのか?という点での2つの問題も関わってくるのかもしれませんが、もし数が少なくて時間が伸びているなら数を増やしつつ余った空間は別の事にも利用できる形で、裁判内容が多い時は裁判所として使い、少ない時は別利用できる形なら裁判所の基礎数も増やせると思います。
 そして肝心の裁判官に関しては、簡単な罪とか形式上の手続きするだけとかだと、もう裁判官AIに任せる方向で進めていった方が良い気がしますけどね。どのみち少子化が進むとここの人材も不足する事は確定ですから、今の内からAI育成して裁判官を務められるぐらいにまで成長させておく必要があると思いますね。

 あとは法廷裁判での犯罪に関してはもっと仕組み全体を簡単な方向で刑務所に入れるべきか否かで判断する形から反省とかは全部刑務所内で判断して刑期の期間を決める形にすれば、犯罪裁判の期間も短くしやすいと思いますし、刑務所に入れる相当で決まったらそこから入れておきながら、残りの心象とか謝罪などの残りの裁判も続けられる形で、まずはさっさと刑務所に入れるべきか否かを決められるようにしたら被害者側も少しは心落ち着かせられるのではないでしょうかね?
 私の最新の形では年数とかは特になくなり、死刑とかも決めるのはその刑務所学校でどれだけ悪態ついて罪と向き合わずに反省の欠片もない状態で留年進学を繰り返すかによって決めていくという形にした方が、手っ取り早いですし裁判でうだうだやって被害者をさらに苦しめる事にもならないで良いと思いますけどね?
 まあでも死刑にするとサンドバックにできないので、なるべく生きたまま罪に対する苦しみを楽に死ぬこと以上に味わってもらう方が良い気がしますけどね反省する気もない犯罪者には。 仮想物語の魔法世界にてたまに行われる生き地獄という拷問の形が手足を切断しては回復魔法で繋いで治すという事を繰り返すという形やボコボコにしながら気絶したら回復させるとかいう形で、いっそ殺してくれという状態にさせる方が心も体も辛いという感じですよね?

 反省の心は言葉だけでは分からず、本当に罪を悪いと思っているならばそれは刑期決めの裁判所でやるよりも刑務所に入れてからその態度と行動によって刑務所学校から卒業できるのかどうかを決めるようにした方が反省の心の判断はしやすいと思いますね。
 詐欺師とかなら簡単に謝罪の言葉はいくらでも口から出てきますからね。心には一切思っていなくても嘘をつくのは彼らにとって犯罪という仕事をする為の必要技術ですから。それで刑期を減らせるというのなら彼らは喜んで謝罪の言葉を口にするでしょう。心には全く思っておらず、むしろ被害者をさらにけなしながらでもね。
 そんな事をさせられるようにできる法廷裁判に何の意味があるというのでしょうかね?そしてそれで減刑できるようでは本気で無法治国家もいい所ですよね?
 やはり犯罪事件における裁判と刑務所の在り方は激変させる必要がある。


 それではここまで見て頂きまして誠にありがとうございます。
 京アニ放火大量殺人事件~終了~心身衰弱



























 さてそろそろ刑務所学校の最新版の話をまとめていきたいと思います。本当に犯罪者を更生させる為には学校での勉強と試験を重ねて卒業試験に合格させる必要がある形をね。いつまでも反省が取れなければ留年進学で環境が少しずつ悪くなっていきます。
 犯罪の状況によっても初等科から高等科で別れますし、大学をこの世の地獄と位置付けさせる形でね。 この形だと、最悪万引きでも大学まで留年進学もあり得ますからね反省できなければ。
 基本的には一般の学校と真逆の性質と思えばよい。 END
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