SSブログ

第210回 恒例でおなじみの現自民党政権及び日本の基本システムに対する批評 [政治経済改革]

 さて、本年も私のブログの基本骨子をおなじみのように再度挙げていきます。(要は民主主義国家としておかしい点に対する批評。)

 基本的に民主主義で必要な事は、平等かつ公平な方法(一部の個人や団体が一方的に物事を決めてはいけない。また初期から力関係がありすぎるやり方など)だよね。 でも日本って、ほとんど当てはまらない事が多い国なのよね。選挙や国の代表の決め方などが顕著な例で、平等な権利は皆無で、公平な方法すらなくてある1つの団体が決めた事を守らなければいけないという規則の元行なわれている。これで民主主義国と謳うのは、はなはだおかしい物があるが、日本に生まれた者はこれが定着した生活環境の下で育ってきたが為に、これに対して疑問を覚える者は少ない。今日本では必死にグローバル化で世界と繋がっていこうとしているというのに、肝心の国民は民主主義がなんであるかの疑問を抱かずにこの日本が民主主義として最高の国だと感じている者が多いと見る。 だがしかし、日本の今のシステムは民主主義と当てはめてみると、驚くほど一致しない率が高いというのだ。 日本は民主主義国と謳っているが実の所、旧日本政府の大日本帝国時代の独裁のやり方とあまり変化はしていないという事だ。 今ロシアが事実上独裁国家と言われたり中国が一党独裁で国家を運営していると言われたりするけど、日本もそう大して変わり映えのしない国であるという事だよ。 どこも同じ部分として、1つの党が圧倒的な力を有しているという面だ。1つの党が強すぎて、野党が弱くなりすぎる状況下になった時、それはすなわちほぼ独裁国家として見られても仕方ない状況と言えるという事だ。 この情報を前に日本国民は反論を上げる事はほぼ出来ないだろう。だってそういう国作りに加担した原因の1つを作り上げた責任もあるのだから。

 さて、日本では解散総選挙の日は与党が自由に設定できるよな?与党がなるべく勝ちを維持できるように設定したうえで自由に決めることが出来るよな? これを独裁者が行う選挙の仕組みと称して何か文句があるだろうか? ここで言う独裁者とは、与党という所だ。 日本では与党が独裁者として選挙を与党が勝つことが出来る日取りを選び出して自由に選択することが出来る。つまりこの時点で公平な選挙が行われる事は絶対にありえないと言えるだろう。だって、与党が自由に決められるのだから。 これを民主主義としてやるのであれば、党の発言等は関係無くあらかじめ決められている期間を迎えた時に自動的に行われる事にしなければならない。(準備などを公平にさせる為に。) 解散の時期がいつになるのか分からずに不安に思ったりする者が出てきたりして混迷をさせるのは、民主主義としてはおかしい決まりである。なぜ圧倒的優位者であるはずの与党が自分達の意のままに期間を決めることが出来るのであろうか? それは普通独裁者がやる手法だというのに。 選挙が奇襲的に行われて勝敗を決めるような事では、それは民主主義という事ではない。それは軍事国家のやる事だ。 日本の選挙の全てを公平にできなければ、民主主義国家とは言い難い。
 さらに選挙において、結局はお金持ちしか参加できないような方法もどうにかするべきである。お金が全てで、発言をして名乗り出るにもお金が必要だという日本の選挙体制では、国をより良く変えて行く事は不可能に近いものがある。(ちなみにすべての可能性を集める事の可能かつ冷やかし目的の排除の可能なより良い新選挙スタイルというのも考えてある。ここで出すと長すぎるので別の回に出す予定だが。)

 この選挙において問題として挙がっている事の中には、1票の格差の問題も民主主義として疑念の部分でもあるだろう。票が小数点で出されるというのは、すでに平等が失われている証拠である。(全体数とかを%で表現するのは良いが、何票獲得の部分に小数点が用いられるような選挙方法はすでに間違った方法であるという事だ。) 基本に忠実な1人1票の方法にすれば良い物を、いろんな計算式を加えるから平等性が失われて、民意を不当に表す結果となってしまうのだ。 数を出来る限り1に近づけるのではそもそもがダメで、確実な1に出来る方法で行くことが出来なければ、公平平等な選挙にはなりえない。 結局これを無視しようとするのは、選挙への勝ちを優勢に高めようとする民意への裏切り行為をしたいからとなるだろう。これにより多少の民意は関係無くなるのだから。 弱者や貧困層を切り捨てる為の最良の選挙方法ですよね。最強の差別選挙方法とも言えますが。

 あと何度も同じ内容を上げますが、国の代表を国民が選べないというのも民主主義ではない証拠ですよね? 総理大臣だから政治家同士で決めるというのは言葉の詭弁で、日本では総理大臣という役職こそが現時点での国の代表であるという事なのですから、これを国民が選挙で選べないというのに、国の代表を名乗るというのはおかしな話だと思うのですが。 確かに世界では総理大臣という役職は、政治家達で決める事がほとんどですが、この場合の総理大臣は国の代表では無くNo.2の立場で、トップに国民から選ばれるプレジデントがいるからそれで良いのですが、日本では国の代表が総理なのですから、国の代表を決める事と言うのであって国民が選べない状況では、1%の民意による国の代表という事になるでしょう。1%の民意しかいらない国の代表の国は果たして民主主義国家と呼べるのでしょうか? さらに言えば、この1%は同じ政党内のいわば家族とも言える存在かつお金持ちの集団であるという事も付け加えると、金持ち達による利権目的の国の代表の選び方と言っても過言ではないでしょう。 つまり日本の国の代表は癒着まみれでもなれるという事です。むしろ無い方が総理にはなれないのかもしれませんが。(笑) だって仲間がどんなに悪行を行っても必死に守り抜こうとしている姿勢が証拠そのものですから。 民意を大事にするのであれば、罰はきっちりするべきだし、国民に不信感を持たれないように動きをするのが国運営としては基本中の基本でしょうに。(民意が必要無いというのであれば別にいい話ですが。)


 さて今年度も日本の政治批判を強めますよ。かなりの大暴言交じりで。さらに言えば、一方向だけではなく、多方向や全方位攻撃も含めた内容で通常運営を行っていきます。
 それではここまで見ていただきまして誠にありがとうございます。
 日本批評~終了~事実上一党独裁国家 日本






 さて、新しい画期的な選挙スタイルの簡単な概要は、まず始めに身1つで活動をしてもらい、それでのランク決め後に本格的な選挙をするという2段階スタイルです。これなら高いお金のハードルを設定する必要性は全くなく興味本位なだけのお馬鹿を有効的に間引く事が可能です。 高いハードルを設置するから、選挙と言う物がお金持ち達の道楽として扱われるのですよ。だから民意を無視できる政治家達が大量に生み出されるのですよ。この壊れ果てた選挙制度においてね。 もはや今の選挙システムでは、バカな政治家ぐらいしか生み出す事が出来ないでしょう。 未来の芽を摘み取って腐敗を確固たるものとして定着させる為の素晴らしい日本の選挙方法ですね。(笑)(笑) もはやバカはバカしか生み出せないという事か? 私のように全ての人に等しくチャンスが与えられる選挙方法を考えられない時点で。(笑)(笑)(笑)  END
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0