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第248回 魔法と超能力の違い(現実版) [授業]

 さて前回は普通の人にとっては到底受け入れられない内容なので、見事に数が減ってくれてかなりうれしい気持ちです。(夢を持ちたいバカがまだまだたくさんいるという事が分かって安心という感じ。) そしてその波に乗るべくのこの回です。(要は落とし穴のつもり) 連続して出す。私は真剣だが皆さんは何言ってんだこのわけわからない奴は。というギャップが私にとっては美味です。(私がこの世界の常識から逸脱した超変人であることが噛み締められてね。 というか、私の思考が普通とは、軸以上の物が限界点突破している事は言うまでもないでしょう。)

 さて私は大まじめで皆さんは信憑性のかけらもないような内容の魔法と超能力の解説を行なっていきます。
 まず始めに、魔法と超能力という存在はこの現実社会にも存在しているという事は証明が大体されています。魔法というとありえない力で現実社会では使えない力と思われているでしょうが、かなり昔の魔法学でも話した通り、現実世界にもちゃんと存在しています。ただそれを皆さんが魔法と認識していないだけで確かにそこに普通に目にしているのです。簡単に言えば言葉は魔法です。言語のイントネーションや内容によって相手に与える変化は千差万別の影響力となるので、魔法という位置づけに出来るでしょう。 また現在の科学変化に称される類の現象は元が魔法であります。これは単に言い換えただけでしょうけど。(やっている事自体が全く変化していない為。) 様々な物質等を組み合わせて全く別の物質等に変化させることは、魔法調合と何1つ変わらない事実でしょう。さらに言えば今の漢方薬などは、原型の形を留めている例とも言えるでしょうし。 またマジックなども魔法の一部です。(魔法を使う為には仕掛けなどを使う必要があったことは理解されているでしょう?) 無から有を作り出す魔法はありません。大体どの神話やゲーム類でも物質移動や空間移動時間移動などで使われる類の事を魔法と言ったりしているだけです。(何も無い所から有を出す場合は。) それに魔法には分かりやすいイメージとしては動作や呪文やマジックアイテムの使用などがありますが、今の手品でも似た様な事は言えるでしょうから、これを完全に魔法ではないと証明することはできません。 このように魔法というのは、精神や技術力に分類される類の物です。なので、それらしい魔法というのは皆さんが普段から日常的に行なったりもしているのですよ? 実感はわかないでしょうが、料理は原則的に魔法に位置づけられるでしょう。 また言葉は魔法ですからほとんどの人が常用的に魔法を使っているとも言えます。まあ普通に言葉だけでは魔法とは言えないという方ももちろんおられるでしょうが、応援や暗示の効果は科学的には理解できないレベルなので、魔法に分類しざるを得ないでしょう。また分かりやすい例としては、催眠術が分かりやすい魔法でしょうか? 相手の精神に作用させて行動などを操ったりできるやり方です。ゲームなどではよく「スリープ」とかって言われますよね。あれと状況的にはほとんど変わりません。ただスリープは眠れと相手の精神に攻撃しているだけなのですから。そして一番の類似点が、どちらも成功率自体はあまり高く無い事ですかね。相手の精神に対して攻撃して言う事を聞かせる方法ですから、相手の精神力が高かったり防ぐ方法を取られたりしたらで、効き辛いという事です。(ちなみに催眠術では、落ち着ける場所でそういう事をするという状況下がある為に効果に掛かりやすくなっているというだけです。 あれを喧嘩時の行動中に掛けようと思ったらかなり大変ですよ。)

 そして次に超能力の方ですが、こちらは案外なじみやすい力でしょうかね? 透視能力や霊感能力などでよくテレビなどで取り上げられたり本当に実在者が力を振るったり、国を挙げて研究をしたりと盛んになる事もあるくらいですから。なら魔法となぜこれだけ違うのか?と言うと、魔法が精神という実態や数字では判別できない力(技術力は現代の科学に置き換えられた。)だったのに対して、超能力というのは人間自体や動物などが有する個人能力の延長線上や、運に関する第六感等の感覚に作用する部分で実現させやすく分析しやすい力であったから、超能力が今の人間達になじみやすい力という事になる。(分析していった結果に人工での超能力の開発に出来ると考える人は多いだろうから。) まあ分かりやすく言うと、スポーツなどの人間自体の力で行なうことが出来る事の延長線上の先には超能力へと至る場所があるという事だ。(理論上では考えられる水上走りに関しても、成せればそれはすでに超能力だからな。 今の時点では道具を使用して疑似的に再現出来ていたりするのだが。忍者道具の水雲等) ちなみに透視や霊感能力は、人間の持つ聴覚や視覚能力が発達された先にある力という分析となっている。 つまり途方もない努力をすれば可能になるかもしれない力が超能力という感じだな。対して魔法は努力で上げられるか分からない精神や、技術力という天性系の技能が必要になる為に敬遠されがちになっているというわけだ。(体系が確立されている手品は違うだろうが。) 超能力に戻るが、念力と言った超常的な力も個人能力の気や振動などからの延長線上ではないのかと分析できる。(スプーン曲げが容易に想像されたりする年代も多いと思うが、あれは気の力や、特殊な振動を当てて物質自体に力を作用させて使っている為、曲げたり折ったりできるのだろう。個人の習得状況による為に、個人差がかなりあるだろうが。) まあつまりその気になれば遠隔状態での物体移動も可能になるという事になるな。(まあ魔法の原理で風を押し当てて動かすという事の方がポピュラーな感じもするのだがな。)
 また現実的によく例が挙がる事として、人間が本来持ちえる機能の一部を欠損してしまった場合は、その他の部分の力が高まるという内容だ。視覚を失った人は聴覚が鋭くなるなどの例はよく話に挙がる。 この状況下から察するに、今の状況下で感覚的な超能力者を作り出そうとするのなら、上げたい能力以外の機能を絶てば、その能力が飛躍的に増大される可能性が高いという事だ。(ただし、当人がそれで活躍したいや生きたいと強く願う状況でなければ、意味は全くもって無いだろう。マッドサイエンティストへの防止メッセージ。)


 まあこれが今の所のこの2つの力を研究する者の見解かな? ちなみに余談だが、この2つの力を融合できるとすごい力になる事は言うまでも無いだろう。(私は一部を実験で行なってみた。メリットもデカいが、デメリットもすごいという何とも言えない結果になった。一時的な身体強化系。人間の肉体強度では耐えられない。これで大体わかるでしょ?)
 それではここまで見ていただきまして誠にありがとうございます。
 魔法~終了~超能力








 100日以上かけてようやく超能力についての話が書けた。 ちなみに開始時に落とし穴と表記したのは、本気で信じる人はどうせ少ないだろうという見解上表記している。 ちなみに私は現実世界での魔法使用時には長い呪文を有して魔法を発動させている。(ちなみに、街の人の大体の反応は、英語の勉強をしている人に見えるらしい。もしくは外国語。) その為かどうかわからないが、英語を話すと結構流暢な英語になっているらしい。 ちなみに私の英語力は、「マイ、イングリィッシュスキル 1スペル1スペル イングリィッシュスキル OK?」だ。(英語スペル表記が面倒臭いのでカタカナ表記にした。) これで大体の英語を話す人にもなんとなくの英語力を示せるレベルだ。 ちなみに英語(表現加えて)での道案内程度は普通にできるレベルだ。(結構やっている。 というか街に出ての道案内はかなりやっている。2~3ヶ月に1件以上はある。) fin
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