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第15回 世界に対して宣戦布告? 資本主義と共産主義の破壊 [政治経済改革]

 今回は私の話で語るうえで忘れていた資本主義と共産主義に代わるような新たな主義を、私が考えているのでそれを紹介する。(前回の時にちらっと紹介した時に、あ!忘れてたと思いだしたのです。すいません。)

 まず始めに、それぞれの長所と短所を簡単に挙げていきます。 資本主義の長所はお金を稼ごうと頑張ればどんどんお金が増えて裕福になっていくものですが、短所はそれが一部の人に偏る傾向が高く、大多数の人はそんなに良い生活ができない(さらに悪くなると貧困)から、格差がひどくなりそのことでのもめごとが多発する。 共産主義の長所はみんなが同じ待遇になるべく近づけるところで、短所は同じ待遇になった時に、働かなくてもいいや的な人達が現れて、社会が回らくなる可能性が高くなることです。
 このように現在の主義で大多数を占めるこの2つですが、どちらもまじめな人が一番損をするというのが2つの主義の共通点であり、どちらの主義も実はそんなに幸せを得られている人の数は、それぞれの主義を掲げた時の予想よりも高くは無いという事です。(資本主義は格差が酷い状況で、酷い人は明日の食事もわからないことがあり、共産主義はみんなが同じ待遇になるようにしていくと、どんどん質が下がることが多く、働かない人も普通に増えたりすることがある。たまに負のスパイラルに陥ることもある。)

 私の言う主義は先に簡単に説明すると、この2つをうまい具合に合成した形のようなもので、わずかな働きで最低限の生活保障(これすら拒否するなら道端で物乞いだな(笑))を与えて、後の残りの時間は、趣味や好きな仕事や物事・好きな事をするための仕事をして、1度きりの人生を自由に暮らしていこうとする主義です。(もちろんこれにも欠点はあるよ。 以降詳しく説明。(今までのは簡単な説明って言ったじゃないですか。))
 概要は、最低限の生活保障に関しての事は、家(賃貸含む)はある人はとりあえずいいとして、無い人はとりあえずこれから説明する簡単な仕事をすると約束すれば、仕事をしている間は保障される小さな部屋を用意される。(国で用意。便利さ度外視で1つの場所に大量の人が個別で入れる部屋を作成。 その部屋は、電気や水道に制限付き。 家族専用のも用意。) 簡単な仕事とは、中学生以降(大体12~13くらい)の年齢の者は強制参加(やる気がある人。無ければ最低保証の食事が無いだけ)で、内容は参加者全員に完全に機械で自動化(私の主義ではこの機械が有るという条件の元である。野菜であれば今の技術でも作成可能であろう。)された農場を与えることで、これは1日に1回でもその農場部屋に行けば、後は自動でその日にやることを自動で行ってくれるというものだ。(この部屋の管理はカードキーで行う。部屋に入るためには、カードキーと生体認証(+パスワードも有り)で不正が行えないようにする。(代わりに誰かを行かせればOK=そんな不正はさせません。)) そして行くだけの状態で得られるものは、先にも言った部屋と農場部屋に行った回数分、次の月で食事ができる日数が決まる。(つまり30日行けば、次の月に30日分の食事が約束されると。 月によって最大日数がばらばらだが、MAXなら次の月もMAXで、足りない(休んだ)ならその分だけとする。 食事に関して詳しくはこの後説明。) 農場部屋では、育てる作物は自分で選ぶことが可能で、育て方を変更したり自動を解除して自分で一からすることも可能とする。(こうして改良等をして良い物にしていくと、部屋を広くしたり・育てる場所を増やしたり・最低限の食事の質を高めたりもできるようになる。 つまり何もしなくても(部屋に行く必要があるが)最低限、手間暇を加えていくと最低限+αで良くなっていく環境とする。) 最低限の食事の内容は、データ管理等をカードキーでまとめて食事の際もカードキーと生体認証(+パス)で食べられるようにする。 最低限の状態では、1日2食とする。 食事の場所は、どでかい場所を各地に用意する必要がある。(大勢の人が入れるように。要は学食や食堂みたいな雰囲気。 料理人は雇ってもよいが、今の技術力なら決められた料理を自動で作ることは可能だろう(食材は管理(国)する人が補充しなければならないだろうが。)から、今現在でも不可能なことではないだろう。) (いろいろ書いててこんがらがってくるから、矛盾点や疑問があるならコメントにしてもいい。(まあ、実現を目指そうなんて物好きはあまりいそうにはないから無視してもよいが。 ただし私はこうしていけば新たな道が開けると本気で思っているだけだ。))
 以上が最低限の部分の食住のところだ。(衣に関しては次の項で説明を (どうしても無いというなら最低限のものを用意する必要があるだろうが、それは囚人みたいでいやだろう? お金をかけずに最低限となると。))
 最低限の食と住の環境が分かったところで残りは、基本的に資本主義のやり方とあまり変わらない。 ただ、最低限の食事や住居が守られるから、あとは先にも説明したとおりに好きな事をやればよい。趣味・好きな仕事・のんびり・好きな事(娯楽等々)をするための仕事(お金稼ぎ)等々
 つまりこれで言いたいことは、最低限の部分(やらなければもちろん何も無いが)をちゃんと決めて(完全に国で自給自足ができる状態にして、飢えを無くす。)、その状態で残りの時間を好きな事にできれば、個人個人の満足度(=幸せ)は高まっていくのではないのか? (資本主義だと格差で飢え(満足な食事ができない。)が発生することが多いし、共産主義でも働かない人が増えれば自給率の減少で食事の量が少なくなっていくだろうし。 人間が生きるにおいて最低限必要な事(食事)を確保することができれば、もめることも少なくなるのではないのか? この仕組みで行けば、頑張れば質の良い生活を送れるようになるのだから。)
 もちろん今まで良い事多めで語ってきたが、当然この主義にも欠点があり、貧困は少なくとも消えて最低限の普通になるだろうが、格差が無くなるわけではなく、このやり方で行けば、共産主義のようなその他の様々な保障は基本無料ではなく、資本主義のようにお金を払って行う形になる。(わかりやすい例で、病気になったからと言って何でも無料というわけにはいかない。) さらに当然のことだが、みんながみんな好きな事をできるというのも保障されない。(やりたいことの中には技術や技能(スキル等)が必要な事が多いだろう。それらをするための努力が必要な事までは保障しないという事。(当然だがな))

 これで言いたいことは、生きるために働くのでは無く、好きな事をするために働くに変えれば良いのではないだろうか? 最後の方になるが、私はこれを「自由主義」と命名しよう。(最低限の保障を得るのも自由、得ないのも自由、のんびりするも自由、好きな事をするのも自由。だから自由主義。)

 タイトルでは資本主義と共産主義の破壊と書いたが、正確にはこの2つしか選択肢が無いのではなくて、新たな主義を増やすために考えてみませんか?という事です。 この自由主義は2つの主義の良いところと悪いところを半々ぐらい合わせた上で、自由(幸せ)を求める主義があってもよいのではないかと思い考えたものです。 この私の考えた仕組みを元により良い仕組みを考えていけたら、それが未来の幸せにつながるのではないでしょうか? では、今回のこの世界に喧嘩を思いっきり喧嘩を売っているような話を終わりにさせていただきます。 すごーーい長話に付き合いいただきまして誠にありがとうございます。(それにしても、いろいろ暴言連発してもコメント等で何か言われることが無いのって、第0回の言葉はすごいなあ。(どっちに転んでも得にしたから)皆さんも試してみては?) 終了
タグ:政治経済
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