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第108回 生命の寿命と人間の特殊技能等(固有能力)の関係性について [授業]

 今回は「天は2物を与えず」とか言う話を私の見解目線で小論文(仮)形式で話していきます。(授業のカテゴライズにしていますが、どちらかというと論文系の話に近い。) 今回の議題では、よく普通の方々は人間におけるスター性や特殊技能などを1つの物として認識して、よく有名人に対して「天は2物や3物を与えているから不公平だ。」というような意見が出る事もありますが、私の考えではこれとは全く違う考え方で、そういう人間における能力や技能等はまとめて1つの物という考えで、もう1つの物は生命=寿命なのではないのか?という仮説を立てました。 つまりどちらかが秀でていればどちらかが劣るという事になる。それの関係性について今回は解説も含めて話していきます。

 普通の人が考える2物や3物とよく言われる外見的・内面的ステータスや運動能力や特殊技能などの体の特徴的能力や運などはひとえにまとめて1つの物として考えた時に、いろいろ能力が高かったとしてもそれはそういう状態で1つのステータスだという事です。(1つ1つをバラバラに考えた見方をすれば、確かに与えられる物の数に生まれた時によってかなりの差が出来てしまうのでしょう。) ただ1つの物として見たとしても、羨ましい物は羨ましがられる事でしょう。ただその反面が命の寿命に反映してくるとしたらどう考えるでしょうか?(もしくは病気等の悪い状態異常にかかる率が高くなるとしたら?) 仮に身体的技能がかなり高く、それにより何らかの有名になり他人から見ても幸せの絶頂状態に見られる人が、その代わりに病気を受ける確率が他人よりも高かったり、病気などによる寿命の削り具合により本来よりも早い天寿を召されるとしたらそれは果たしてそこまで羨ましい事になるのでしょうか? 高い能力を有して発揮したが為に寿命がその分短くなるとしたら? そして逆に平凡な能力だったとしても病気も少なく長く生きていられるとしたらどっちが良いのでしょうか? どっちにもメリットデメリットはあるのでしょうね。
 この言葉だけでは皆さんは矛盾に行きつく人もいるかとは思います。それはこの式に当てはまる人も多いだろうけども、当てはまらない人も多くいるだろう。という考え方に。 確かに今のままではそう言われてしまえばそうだとしか言えないのですが、これにもう2つの要素が組み合わさって初めてある意味納得の行く形になって来るでしょう。
 1つ目は、これは生まれた時にその人に与えられる能力の最大値の高さにもバラつきがあるという事。すべての人間が同じ条件下で生まれるという事はあり得ませんよね。時間やその場所の気候等も全てが違うし、何よりも母親や父親が違う事やその状態も常に同じではない。という事はそれにより誕生した命にもそれらの条件式が複雑に絡まり合い、2つの物の能力の最大値にバラつきが発生するという事ですよ。それにより最初の説明の式の通りの行動だとしても、上下の変動の値に変化が生じてくるというわけです。さらには自我を持つまでや自分で行動できるようになるまでの環境というものにも、この範囲にも影響はしてくるでしょうね。(ただこの範囲まで来ると命が出来た時にその時に得られる運の値に影響してくるものだとも言いますけど。)
 そして2つ目、こちらの方が式の影響度がかなり高い事だと思いますが、その持って生まれた能力をどの程度まで使用するのか?という事ですね。つまり与えられた力を最大限にまで使用すると、その分寿命が短くなったり病気などの悪い状態異常にかかりやすくなるという事ですね。そうでしょう?普通に動いたり力を使ったり頭を働かしたりすると何かしらで疲れが出てくるものでしょう?それは人間の生来の力とある意味人間の生命の最大値にも関係してくるという話です。つまり持って生まれた特殊技能を使えば使うほど、生命の最大値(寿命)を減らしていく要因になるという話です。この事で分かるのは有名人とかでも長生きが出来るのは、本来の最大値が高く、さらに能力を最大までフル稼働させない状態を維持しているから有名なまま長生きが出来るという話になるわけです。だからよく思いっきり活躍した人などは、割かし早目に亡くなっていますよね。あれは最後までフル稼働をさせようとしていて、それにより寿命を尽きさせる結果に繋がったという話であれば筋が通るでしょう?(病気だったとしても本来フル稼働させなければ、まだ平気だったかもしれなくてもそれにより最大値が無くなった状態で体が耐えられなくなったと考えれば話がまとまります。) ついでに、そういう目立たなくても長生きが出来なかった事例の場合は、単純に1つの物の要素の運の値が他よりも低かったせいとも考えられます。(つまり長生きできる状態だったとしても、本来の生き運が低かったという事。)
 さらにこの2つの事例の他に普段のいえ、生きているうえでの生活環境というのにも寿命の点だけは関係してきますけどね。(事例に含まなかったのは、これは特殊技能とはほとんど関係が無いからです。多少運と関係してきますけど絶対な関係ではないので。) 人間の本来の平均寿命は120歳ぐらいらしいです。ですがこの域まで達する人はほとんどいません。それはなぜか? 先にも述べたように特殊技能を使いすぎたからという事も要素には入るのですが、大体はそれまでの生活環境に値すると考えられます。 この値には基本的に+の要素は無く。-計算式で決まっていきます。(一部例外はあるでしょうが。) つまり人間の個人ごとの、その個体により最高の状態を維持することが出来れば、120歳まで生きる事は可能という事なのでしょう。しかし現代社会においてその人の最高の状態を維持させ続ける事には半ば不可能に近いものがあるでしょう。だって食生活でもその人にその時にあったベストな状態でないとドンドン引かれていく事になりますし。行動などの体調管理も常にその人にあったベストな状態を維持しなければいけませんし。悪いストレスを溜めないなどの心理面においても常に今の自分においてベストな状態を維持しないといけないというある意味それらを考えると息が詰まりそうなことをしなければいけないという事になります。(ただそういうふうに思った時点でも寿命から引かれる事になるのでしょうし。) 人間が今の生活からより気楽に生きられるようになれば、120歳も夢ではないのでしょうけどね。 現状ではいろいろあって、80~100ぐらいが良い所ですからね。

 そうそう長生きな点についても1つ話をしておきましょう。よく長生きな人が見つかってもそんなにそれから長くは生きられない人が多い事が良くありますよね。あれは、生活環境が変わるために引き起こされる現象でしょうね。つまり目立たなければもっと長生きできただろうに、目立ったことにより特殊技能が少し稼働を強くしたり、違う環境でのストレスなども加わる事での寿命の減少が影響しているのでしょう。つまり目立たせることでその人の命を狭めているという事になります。だからあまり目立たせることはその人の寿命を奪う行為にもなりえる事を知識の1つとして覚えておいてくださいね。


 この観点から行くとどの生き方が良いのでしょうね?まあ人それぞれですから深く言いませんけど。こういう考え方もあるという事を知識の末端にでも置いといてくれれば、物の見方が少しは変わってくると思いますよ。 つまり活躍を望むか長生きを望むかという感じにもね。 いろいろ考えてください。
 それではこの授業のような論文のような回を終了とさせていただきます。
 ここまで見ていただきまして誠にありがとうございます。
  寿命~終了~能力







 私は寿命を削りまくっても能力重視かな?(そもそもあまり命を重視していないし。命だいじによりもガンガン行こうぜという感じだな。(元ネタ大体わかるな?))
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