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第2838回 報道特集特集 安楽死の是非 [世界問題]

 さて今回の報道特集は安楽死についての内容でしたね。私は安楽死賛成派ですね。昔から変わる事なく。本当に苦しい状態で回復の見込みがないのなら自由に死ぬ権利を持たせる事もまた自由な人権の尊重だと思いますからね。むしろそれで絶対に安楽死を認めないという形は時として、人を傷つけ苦しめる事に繋がる暴行傷害だというのに、医師が患者に対して行う暴行傷害は無罪で安楽死は有罪という論理は通らないと私は思いますけどね?

 安楽死に関する基準はスイスの例で私も妥当だと思いますね。死にたいと思えるほどの強い意志と耐えがたい苦痛に治療の見込みなく医者も無理だという状況においては、安楽死を認めるというのはありだと私は思いますね。
 医者としても患者を救い苦しみから解放する事が本懐ですけど、それが命を助ける方向でできなければ、苦しみから解放するという形もまた医者として患者を救う行為でもあると言えます。治せる見込みが一切ない状態での形限定ですがね? 治せる形が少しでもあるのならまずはそれに賭けるべきで、金額面で不可能な場合などにおいては、治せる見込みが無いという判定でも良いですけどね? そんな人を救う為にお金を出してくれる善人も多くはないでしょうし?安楽死は駄目だという人たちがお金を出してまで防ぐなんて事も基本しませんよね?
 ならば最終手段として安楽死の選択肢はあってしかるべきだと思いますね。

 それに先ほども言いましたが、死にたいと思うほど苦しい思いをしていて治療できる見込みのない人に安楽死は認めず生き続けろという言葉その物が精神的暴力であり、さらに苦しみが伴う場合は物理的暴力を伴っているも同じ状況です。人を傷つけ苦しめる暴力行為は無罪で、安楽死は有罪とするというのはどうなのでしょうかね?
 さらに言えば、人にはそうやって死ぬなと言いながら動物愛護法を掲げておきながらも増えすぎた動物には意思確認なども一切せずに安楽死を実行するというのは、どこの虐待国家なのでしょうかね?
 苦しめる行為を意思確認なく延々やっている方がよほど非道な行いのようにしか私には見えませんけどね?

 報道特集の中では安楽死を選ばない例もありましたが、あちらは生きる希望がありながらも余命宣告などを受けてどうしようもない現実でもなお生きる希望があった例であり、生きる希望があり死にたくないという状況に安楽死の選択肢は不要という物です。
 本人の意思が安楽死においては絶対に必要であり、脳死植物状態においては周りの意思確認ですね?
 日本でも安楽死を本気で合法とし行動したいのならスイスのやり方に見習うべきであり、それが出来ないならばただの快楽殺人ほう助と言われても仕方は無いのでしょうね。

 スイスの基準でも認められないという日本は、安楽死させずに患者が苦しみ傷つくさまを見て笑っている最低な外道クズの形が最適というのはまさしく悪鬼羅刹の言葉のようにしか見えませんね。
 生きたいと強く願うならば安楽死は不要ですが、スイス安楽死基準を満たしている状態でも変わらず生かす方が人を傷つける暴行傷害行為になりえるという事を理解に入れてもなおと言うのは、それは人を傷つけて楽しんでいる愉快犯と言うのが私の見解であり、そちらの方が医者として論外と私は思いますけどね?医者と言うより患者を人体実験に扱う悪の科学者の状況でしょうよ。


 それではここまで見て頂きまして誠にありがとうございます
 報道特集~終了~安楽死



























 安楽死の是非に関しては、安易に死ぬ事は駄目だという言葉がそれ自体がその人に対する言葉の暴力であり、苦しみや痛みが伴うならば物理的暴力で人を傷つける行為にもなりえるという事を理解の中に入れて安楽死の是非を問うべきですね。
 人を傷つけて苦しめる行為は良くて、安楽死は駄目という絶対の理がそれでもある方はいますかね?
 まあ普通の法律だと人を傷つける行為自体が犯罪なのですがね? だからそこに安楽死の否定に対する強烈な矛盾が生じる。 安楽死の選択END
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